扶桑会について
指導者: 石塚嘉 【達人・名人・秘伝の師範たち】
稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
入会希望者が参加可能な公開稽古は 3月21日(火・祝)14時から17時まで開催します。
場所は 高津スポーツセンター 第二武道場です。
扶桑会への入会を希望される方は 左のメールフォームよりお問い合わせください。
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稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
入会希望者が参加可能な公開稽古は 3月21日(火・祝)14時から17時まで開催します。
場所は 高津スポーツセンター 第二武道場です。
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其の四百二十五 全身で乗る 大東流合気柔術 扶桑会 
今回は相手に攻撃をさせ続けるということに重点を置いた動きを解説してみたい。

大東流合気柔術は一見すると、力強く相手の身体の一部を動かし、崩し制するように思われることが多い。
しかし、実際にはその逆であって、むしろ如何に相手に違和感を与えないかのように力を伝達するかというところに工夫を凝らしている。
動画で紹介した動きも、最初に打ちかかってきた相手は捕り手の脳天に対し、しっかりと手刀を打ち込んでいる。
これを柔らかく受け止め、瞬時に自分の体幹部分と接続させてしまうのだ。

技は「初動でほぼ決まる」とよく言うが、この「結び」の段階で相手に反発を感じさせてしまうと、次の動きで崩すことは不可能となる。
攻撃側は、あたかも自分が相手に打ち込んだ手刀が到達し、そのまま体を斬り続けているような感覚で重心を前方に乗せ続ける。
このような状態を作り上げられた時に肘の急所に対する手刀の攻めが効果を発揮する。

さらにその手刀の攻めもまた、上半身を使った力技では、相手に抵抗の気持ちを生んでしまう。
動画を確認してもらえばわかると思うが、肘に当てた手刀はほとんど動いていない。
その代わりに膝と踝の緊張をゆるめ、自分の体重が手刀の一点にかかるように操作している。

実際に相手をつけてやってみると、これがなかなか頭で考えているようにはいかないものだ。
色々と工夫して稽古してみていただきたい。
稽古日誌 令和5年2月16日、19日、23日、26日 大東流合気柔術 扶桑会 
大東流合気柔術 扶桑会の稽古日誌、今回は2月後半の稽古内容を記録していきます。
まずは2月16日(木)。神道扶桑教世田谷太祠での稽古です。

形の稽古は複数の動きを組み合わせて行うため、初めて触れる人には難解に思われることもあります。

そういう時には、何よりもその動き全体の本質をとらえることが重要です。

どこを崩そうとするのか、どういう力を伝達すれば打開できるのか?
一つひとつのプロセスにこだわりすぎず、大づかみに流れをつかんでください。

続いて2月19日(日)の稽古です。

相手が掴んできた手首をつかませ続ける意識。

全身を一体化させて動く操作。

どちらも接触点を脱力し、中心(腰)からの力を発揮することが重要です。
稽古では分かりやすい状況を設定して訓練しますが、これをどのような状況においても咄嗟にあらわせるかどうかが試されます。

2月23日(木・祝)は世田谷区総合運動公園体育館での稽古。

手刀の使い方から始めました。
基本的な考え方を繰り返し身体に練り込みます。

それぞれのレベルに応じて、身につけていることは異なりますが、大東流合気柔術の基本動作、思考法を洗練させていくというミッションは同じです。

扶桑会では、紙を一枚一枚積み重ねるように、着実に向上していくことを目指します。

最後は2月26日(日)、扶桑教太祠本殿での稽古。

この日も、大東流合気柔術の核心的技法を研究しました。

相手の攻撃を全身で受けとめ、脱力して手刀を活かす…

初伝の形の習得にも必要となっていく、これらの核心的思考法を軸に修練を重ねていきます。

其の四百二十四 踏み込む 大東流合気柔術 扶桑会 
大東流合気柔術では、攻撃を受けた時の対応がその多くを占めるが、「掛け手」と呼ばれる技法の体系も存在する。
つまり、こちらから攻撃を仕掛け、それによって相手の体勢を崩し、あるいは心理的な動揺を誘ってこちらの意図を完遂していくのだ。

こちらの攻撃でダメージを与えようという企図は希薄であるから、打撃など攻撃そのものの威力を云々することは重要視されない。
いわば、「フェイク」の攻撃を仕掛けることによって相手を動かしていく。
今回の動画のタイトルは「踏み込む」である。
よくその内容を見ないことには何のことか分かりにくい表題であるが、これは「罠(わな)」となる攻撃を、「あたかも本物のように見せることが肝心である」ということを伝えたかったのだ。

具体的には手刀の掌を上に向け、親指と四指の先で相手の目を薙ぐように斬り込んでいく。
手刀の動き出しは帯剣している腰のあたりが望ましい。
視界を外れている下方向から、まっすぐ伸びていく攻撃である。

これは、もちろん相手に回避行動を取らせることを目的としたものなのではあるが、その前提を気取られてはいけない。
しっかりと「踏み込み」、気迫をもって斬り込んでいく必要がある。
この動きに相手が大きく反応すれば、次の動きで合気柔術「手鏡」の技法が活かせるのだ。

人間の身体的弱点を突くのみならず、心理的な盲点を積極的に利用、攪乱していく。
明治期に武田惣角先生が伝えた日本古流武術の奥行きに驚嘆せざるを得ないのである。
其の四百二十二 お辞儀する 大東流合気柔術 扶桑会 
前回、「其の四百二十一 乗せて制する」では胸倉をつかまれそうになった時、その直前で回避して制する動きを取り上げた。
今回は、掴まれてしまった場合にどう対処するかというところで解説してみたい。

ここでも重要になるのが「相手を乗せてしまう」という操作であるが、強くつかまれている接点に力をかけると、相手の抵抗を生んでしまう。
やはり、ぶつかることなく相手の攻撃線を外側にはずしながら、掴んできた腕に沿うようにして身体を捌く。
この時の動きの精度が高くなれば、相手は自分の腰に「乗ってしまう」。

攻撃に対して、全身を使って寄り添うように動くことが相手を無力化するのに最も効果を発揮するというところが、古武術である大東流の真髄と言える。
さらに言えば、今となっては失われつつある日本古来の考え方の高度さを表していると言えないだろうか。

身体操作的には、この後も力任せに相手を痛めつけるということではなく、全く力を入れないような意識で相手の腕に自分の手刀を「乗せる」。その状態で手首と腕を固定しながら、腰から折り曲げるようにしてお辞儀をすれば、相手はたまらず崩れ落ちる。

試みに力を込めて相手を押し込んでみても、決してそれでは倒せない。
如何に相手への対抗心を消すかがこの動きの本質である、ということを念頭において稽古していただきたい。
稽古日誌 令和5年1月19日 22日 26日 29日 大東流合気柔術 扶桑会 
大東流合気柔術 扶桑会の稽古日誌。今回は一月後半の稽古内容です。
まずは1月19日(木)、扶桑教世田谷太祠 本殿での稽古です。

この日は「中心を攻める」を主題にして研究しました。
中心と一口に言っても、そこをどのようにとらえるか、お互いが動いている中でそれなりに難しいものです。

ただ単に相手の中心を見つけ出すだけではなく、次には自分の中心力を発揮することも必要になります。
筋力に依存した力任せの操作では、相手とぶつかってしまいがちです。

形稽古を通じて、流動的な動きに備えた感覚を養成していきます。

続いて1月22日(日)の稽古。

この日は前日に公開したブログの内容「其の四百十八 受け止める」をおさらいする形で進めました。
相手の力を受け止めるとき、自分が力を内に込めてしまっては、はじき返すような形になり、合気柔術の動きとは言えません。

自分の中心から放射するように「力を出す」。
そのためには身体を「伸ばす」ことが必要です。

理論で裏付けた操作法を、実践して身体に練り込む。
毎回の稽古でその過程を着実に踏んでいきます。

1月26日(木)も扶桑教太祠 本殿での稽古です。

前回に引き続き「伸ばす」動きに焦点を当てて修練しました。

さらには「沈む」動きで切返。

複雑に見える形に取り組むときほど、基本の身体操作に立ち返って反復練習します。
我々扶桑会では、そうした核心の身体操作、思考法を「要素」と呼んでいます。

1月29日(日)は、今年初めての本稽古でした。
この日のテーマは「手刀」の使い方。

これまで日常の稽古の中で何度も取り上げている考え方ですが、改めて体系的に「一から」捉え直す機会としました。

人体の一部を「道具」に見立てて使うことの意味と、その具体的な運用法。
「剣の理合」に基づいた動きが、いかに効果的な力を発揮するか。

3時間の稽古の中で、実感できたのではないでしょうか。
月に一回の本稽古では、こうした基本の考え方に、基礎からじっくりと取り組んでいきます。

其の四百二十 一筆で倒す 大東流合気柔術 扶桑会 
今回は、柔術技法における「一筆書き」ということについて述べてみたい。
私どもが普段稽古しているのは、書道になぞらえれば「楷書」ともいうべき方法である。
すなわち、「止め、はね、はらい」を着実に行って一つの文字を書き上げるように、部分的な動作をしっかりと連続させ、一つの技を形成していく。

楷書に対し、一画一画を流れるように形作っていくのが行書であり、
全体を一筆で書き上げていく草書となるとその流麗さに比して技術的な難易度は格段に上がる。
私も「下手の横好き」で筆をとることがあるが、やはり楷書の域を脱して行書・草書に達するには、余程の習熟を経なければ難しいと実感できる。
筆の運び、勢いの緩急、全体の中での部分の調和。
書道における技術的留意点はそのまま大東流の柔術技法にも当てはめられる。

話が横道にそれたので、動画解説に戻ろう。
今回、「一本捕」を一筆書きの要領で流れるように行ってみたのであるが、楷書的な柔術技法にしても、行書・草書的な合気柔術技法であっても、初動の「乗せる」という操作が重要であることには変わりがない。

「乗せる」とは、攻撃してきた相手を自分の腰(体幹)と繋げてしまうことであり、そこで無力化してしまうことだ。
その上で、柔術的技法で行う一つ一つの操作をほぼ同時的に、なおかつ簡潔に最小の動きを用いて行うことで「一筆書き」の技が成立する。

上記説明した一連の動きは、相手の攻撃の意思を妨げることなく、自分の優位なところに導くようにして制する手法であるが、「合気之術」という境地にまで達すると、この「乗せる」動きが相手を物理的・心理的に支配するような形で発動されるという。
其の四百十九 八の字 大東流合気柔術 扶桑会 
今回からは大東流合気柔術の代表的な形ともいえる一本捕について解説していきたい。
特に体重移動で技をかけていくという、まさに大東流らしい考え方を含む身体操作法を取り上げるので、ぜひ参考にしてほしい。

まずは、初動である。
正面打ちで攻撃してくる相手の腕を、はじき返すのではなく全身を一体とした手刀の柔らかな動きで受け止める。
この瞬間に相手を乗せてしまうところに極意があるのだが、これは前回の「受け止める」でも解説しているのでそちらを参照されたい。
初動で相手とつながったら、そのつながりを失わないよう、一動作ごと丁寧に運んでいくのだが、最後に腕を斬り落とすときにどうしても力づく、つまり腕の力を用いて引っ張ったり引き落としたりということになってしまう。
ここで出てくるのが、冒頭で述べた体重移動による崩しである。

相手は両足が地面に接する二点で自分の身体を支えている。
これを固定したまま、その二点を底辺とする二等辺三角形の頂点に相手の重心を移動させれば、物理の法則にしたがって支え続けることは出来なくなる。
そして、その位置への移動を自らの身体を動かすことによって行えば、相手の抵抗はほとんど起こらない。
何故なら相手の意思に反した無理な力が働かないからである。

動画ではこの時に、相手の両足を結ぶ線と、自分の両足の作る線が「八」の字になるように運足する、としている。
これを「4点で台形を作る」「真ん中に鏡を置いたと想定して足を対称位置に置く」など、様々な口伝があるが、どれにしても要は相手の重心を三角点に導くために、自分の体重をどこに移動させるかということを語っている。

相手を動かそうとして無理に引っ張りまわすのでなく、素直に自分の位置を変えてことを進める。
古武術大東流の知恵に満ちた思考法だと感じるのだが、いかがだろうか。
其の四百十七 肘を挫く 大東流合気柔術 扶桑会 
<令和5年より、我々は東京稽古会から
「大東流合気柔術 扶桑会」と改称して活動してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします>
今回の動きは初伝二ヶ条の「肘挫」という形である。
肘を逆関節にとって極め上げることで腰を浮かせて身動きが出来ないようにするのだが、技として最も重要なのは相手が攻撃を仕掛けてきたところを受ける、その瞬間である。

こめかみを目がけて手刀で打ちかかってくる相手に対して、こちらも手刀を伸ばし、頸動脈を打っていく。
気を付けてほしいのは、肩から先の腕の動きだけで打つのではなく、しっかりと膝を進めて、腰を使って打つことだ。
腕だけで打つと、どうしても上半身が前に傾いてしまって力が伝わらない。
腰を前方に運ぶことで、身体を安定させた状態で手刀打ちを行ってほしい。

こうすることで、ただ相手の横面打ちを受けるだけでなく、同時にこちらの攻撃を行うのだ。
むしろ首への手刀打ちを受けた相手の方が大きく体勢を崩すように動くことが重要だ。

この初動で相手を崩れを誘ったならば、全身を一体化して方向を180度転換する。
するとあっけなく相手の身体は仰向けにひっくり返る。
このようにして倒すことが、その後の肘を挫く動きにつながっていくのだ。

裏を返せば、初動が不十分だと、柔術的な極めに持ち込むことは難しい。
肘を使った固め方については、今後機会を改めて解説していくこととしたい。
其の四百十六 落差で崩す 大東流合気柔術 扶桑会 
<令和5年より、我々は東京稽古会から
「大東流合気柔術 扶桑会」と改称して活動してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします>
前回、座ったままで相手を後方に投げ飛ばす「居反」という形を解説したが、それを立った状態で行うとどうなるかということを述べてみる。

両手首を抑えに来た相手の手を逆に取りかえし、人差し指の付け根で急所を攻める。
この急所は手首の「脈所」と呼ばれる部分であるが、自分の腕に力が入ってしまうと相手に力が伝わらない。
むしろ手刀を真っすぐに伸ばすようにして、自然に当たるに任せておくくらいの気持ちで操作すると、非常に威力ある攻めとなる。
この操作が決まれば相手は浮足立ち、腰の位置が上がる。
こうなれば前回解説した、「乗せる」状態へと相手の重心を誘導できる。

次に、立った状態から正座へと自分の体位を変化させる。
これは非常に大きな落差を生む。
相手は自分の重心を奪われているわけなので、これもまた大きな威力を発揮して、たまらず前方へと飛ばされていくわけだ。

ただし、これは自分の体位変化が、地球の引力に沿った「垂直落下」でなければ効果を発揮しない。
つまり、筋力の作用による引っ張りや押し込みがはいってしまうと、とたんに技がかからなくなってしまうのである。
そして、その「垂直落下」を可能にするのは全身を脱力して動けるかどうかにかかっているのだ。
脱力によって感覚を研ぎ澄まし、自分の身体の状態を正確に感知するセンサーを働かせなければならない。

初動で手首を極めるのも、しゃがみこんで投げる時にも、十分な脱力をもって全身の力を使う。
大きく派手に見える技ではあるが、そのパフォーマンスを支えているのはやはり、脱力の思考法であることを銘記していただきたい。
其の四百十四 居反 大東流合気柔術 東京稽古会 
今年最後の更新となる動画解説、今回取り上げるのは「居反(いぞり)」という形である。

跪坐の状態で座っているところに立った相手が両手をとって攻撃してくる。
それを合気上げの技法で自分の重心に乗せ切って後ろに投げ飛ばすのであるが、そこには「乗せて」「沈む」という二つの難関が立ちはだかる。
まず「乗せる」であるが、これは相手の体勢の崩れを利用して、手刀を柔らかく使うことで相手を自分の重心に誘導していく。
押し返したり、引っ張ったりすると相手は反発してしまう。

上手く乗せることができれば、次はその乗せた重心を一気に沈むことで相手の全身を崩していく。

もちろんこの時には、地球の引力に合致した線上にまっすぐ沈むことが重要なのだが、座った状態でそれを行うのは非常に難しい。
ここでは跪坐を瞬時に正座に変じ、さらに腰を地面につけるようにして落とすことで沈身している。

「乗せて」「沈む」という二つの操作を、滑らかに連続して行うところにこの技の要諦がある。
自然体の中で脱力できるよう、修練していただきたい。