扶桑会について
指導者: 石塚嘉 【達人・名人・秘伝の師範たち】
稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
入会希望者が参加可能な公開稽古は 6月25日(日)12時30分から14時30分まで開催します。
場所は 世田谷区総合運動場 体育館 第一武道場です。
扶桑会への入会を希望される方は 左のメールフォームよりお問い合わせください。
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稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
入会希望者が参加可能な公開稽古は 6月25日(日)12時30分から14時30分まで開催します。
場所は 世田谷区総合運動場 体育館 第一武道場です。
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稽古日誌 令和4年5月15日 19日 22日本稽古 大東流合気柔術 東京稽古会 
大東流合気柔術東京稽古会の稽古日誌、今回は五月中旬の稽古の記録です。
5月15日(日)は扶桑教太祠 本殿を拝借しての稽古です。

この日は基本操作の確認ののち、「乗せる」動きについて修練。

様々な形に派生させて練り込んでいきました。

東京稽古会では、稽古終了後に会員それぞれが当日の感想を述べます。
自分の感覚や気づきを言語化することは、技術や思考法を自分の血肉にするためには非常に有効です。

そしてまた、他者の意識化した感覚を聞くことも大きな学びになります。
この日も良い稽古ができました。

続いては5月19日(木)の稽古。

基本動作である「手刀の使い方」について、多種多様な操作法を反復練習しました。

詰める、突く、斬る、摺り上げる…

原点に立ち返って修練するうちに、基本の奥に隠されたものがおぼろげに見えてきます。

古武術修業は、熟練者も初心者も等しく、新しい発見を与えてくれることを実感します。

最後は5月22日(日)。この日は5月の本稽古です。

新しく入会を希望する二人を受け入れての稽古でした。

日本文化を外国に伝えたり、武術とは全く違う分野で活躍しながら、そこで活用するために日本古来の身体の使い方を研究したいという明確な目標を持った人たちが、この大東流合気柔術の門を叩いてくれています。

稽古会を主宰するようになって8年。もっとも手ごたえを感じるのはこうした人たちとの出会いです。

現代日本人が失ってしまった古武術の思考法や身体運用法、またそこに秘められた知恵を、できるだけたくさんの人に伝えていきたい、またそれをより深く研究し、身につけたい。
そうした思いで始めたささやかな会が、少しづつ育っています。

原点を忘れることなく精進を重ね、着実に進んでいきます。

其の三百八十六 胸取裏落 大東流合気柔術 東京稽古会 
自然体でいることでこそ、本来自分が持っている力を発揮できるということを、大東流合気柔術の技法を通じて体感する。
東京稽古会の修練は、そうした実感をもとに本来日本人が有していた身体感覚を取り戻すことを一つの目的にしている。

今回取り上げたこの古武術特有の動きも、その実感を得るのにとても適した操作だ。
相手が掴みかかってくる動きに対して、手刀を中心に差し出しつつ、すれちがうように側方へ捌く。
すると当然手刀が相手に接触するが、そこには意識を向けずただ自然体のまま身体を動かしていくことに集中する。

この時に相手との接点である手刀に力が入ってしまうと、相手の身体との「つながり」が切れてしまう。
現代人には感覚的に腕の力で物事を進めようとする習性があるので、どうしても最初の内はそこで滞ってしまいがちだ。

そこを乗り越え、手刀を身体全体のものとして使えたとき、つまり全身が一体となった時、相手の身体は苦も無く動く。
全身を一体化する、すなわち自然体で動くということだ。

自然体については語るべきこと、伝えたいことがまだ多く残るが、それもまたおいおい稿を改めて述べていきたい。
其の三百八十五 逆襷 大東流合気柔術 東京稽古会 
相手の攻撃に対して自分の体勢を崩さずに応じる動きについて、これまでに何度か解説を加えてきた。
今回の操作法ではその動きから転じて相手を崩すために働きかける。

当然のことながら、攻撃を仕掛けてくる相手も最初から自分が技をかけられて倒されることを前提にしているわけではない。
こちらを圧倒し、制することを期して立ち向かってくるのである。
そういう相手に対して効果的にこちらの力を伝えるために、古武術では脱力の思考法で応じていく。

逆説的に聞こえるだろうが、この逆襷の動きもまさにその思考法を体現したものだ。
中段を突いてくる相手に対し、その攻撃線に沿うように身体を捌く。腰を中心に動いていくことはこれまでに見てきた通りである。

さらに相手の裏に入り身しながら、腕を斜めに巻き付けるように相手の腕と首に伸ばす。
この時に自分の上半身を柔らかく脱力した状態で使えるかが成否を分ける。
腰で捌き、腰を中心に力を発揮する意識が、上半身の筋力を使わない操作につながるのだ。

相手に力を伝えるときこそ、接点ではなく自分の中心を意識する。
思考の転換が必要となるこの動きを、反復修練してほしい。
稽古日誌 令和4年 5月4日、5日、12日 大東流合気柔術 東京稽古会 
大東流合気柔術 東京稽古会の稽古日誌、今回は5月上旬の記録です。
まずは5月4日(水)の稽古から。

今年の大型連休は各地に人出も戻り、ようやく社会も平常に近づいてきたようです。
私たち稽古会も終盤にかけて二日連続の稽古となりました。

大東流合気柔術は小指の使い方にその武術的な特徴を有しています。

それは、小指を意識することで体の裏側の筋肉を使って効率的な身体運用を図るためであると捉えています。
「捉えています」という曖昧な表現をしたのは、この考え方が間違っているかもしれないからではなく、より説明しやすく、習得しやすい新たな理論を見出す可能性があるからです。
修練を重ねるなかで、私自身何度もそのような気付きを得ています。

だからこそ、古武術の修練は気を抜くことができません。
そしてまた、知的好奇心を刺激してくれる、楽しいものでもあります。

続いて5月5日(木)の稽古です。

「中心を攻める」というテーマのもと、手首の鍛錬や、正面打ちへの対処法に取り組みました。

初心者にとっては「中心」という概念をとらえることがまず難しいものです。
一方、修行がある程度進んだものには、双方の体勢によって常に揺れ動く中心に対してどのようにアプローチするかという課題が出てきます。

そのために脱力や姿勢の意識を高めることを、いくつもの形を通して習練していきます。

この日は上段から手刀を打ち下ろす正面打ちでの稽古でしたので、お互いの正中線を意識しやすかったと思います。
今後もこうした基本的な動きに連続して取り組む稽古を重ねていきます。

稽古の後は、この春に20歳の誕生日を迎えた会員の「成人加冠の儀式」を執り行っていただきました。
いつも稽古場所として本殿を使わせていただくなど、大変お世話になっている神道扶桑教の管長さんのご厚意で、古式ゆかしい衣裳を着けての貴重な経験となりました。

古武術と同様に、神道や宮中儀礼の所作には日本古来の精神や考え方がしっかりと息づいています。
こうした所作、作法を次の世代に受け継いでいくことも、我々日本人にとって大切なことです。

儀式を終えて、懐石弁当をいただいての懇親会。
稽古仲間との楽しいひと時を過ごさせていただきました。

最後は5月12日(木)。世田谷総合運動公園体育館での稽古です。

「相手にからみつく」動きについて研究しました。

普段の生活ではなかなか意識しないという意味では、少し難易度が高い操作です。

ただ力を抜くだけではなく、相手の身体の緊張を取り去るように身体を柔らかく使わなければいけません。
やわらかく、それでいて自分の体の芯は力強く維持する。
相矛盾するような問いを満たす答えを修練の中で見つけていきます。

難しくはありましたが、稽古後の表情は充実していました。
身体よりも、頭の方が疲れたかもしれません!

其の三百八十四 ひったくられない 大東流合気柔術 東京稽古会 
今回も、女性や比較的力の弱い人でも使える古武術の思考法を紹介していきたい。

状況としては、歩いている状態ですれ違いざまに持っているカバンなどを奪われそうになるところを想定して行う。
単純に言えば、相手の力に逆らわずついていきながら、その進む方向を相手の重心の崩れやすいところ、つまり「重心の裏」に自分の身体をもっていくという考え方だ。
とは言え、とっさの時にそうした心得のもとに正しく武術的にふるまえるかどうかということは日頃の訓練による。
身体操法というよりも、むしろ精神的な鍛錬によるところが大きいだろう。

慌てていたり、心が動揺していればいるほど、人は力任せに体を使ってしまう。
自分の置かれた状況を瞬時に理解し、冷静に取りうる手段を選択出来ればすでに達人の域にいるといってもいい。

その意味では武術的思考法を訓練する場合にも、ただ漫然と行うのではなく、このように起こりうる状況を想定するということは有効ではないだろうか。

ちなみに直接的な「ひったくり犯罪」への対応策としては、カバンの持ち方、壁側に荷物を携行して通行するなど、有効な予防方法が複数存在するので、興味のある方はぜひ研究していただきたい。
其の三百八十三 腰で捌く 大東流合気柔術 東京稽古会 
今回も大東流合気柔術の身体操法の根幹に与る「自然体」について述べていく。

なお動画の中で実技している動きについては、実際の剣での攻撃に対する回避法を展示しているわけではない。
あくまで体捌きの練習法の一環として行っている「約束稽古」であるのでご承知いただきたい。
さてこの動きについて特筆したいのは、上半身と下半身への意識の向け方の違いだ。
前回も解説した通り、下半身は股関節、膝、踝を緩めて沈み、上半身は天井から吊り上げられるようなつもりで立つ。

すると一つの身体の中で、二つの力が拮抗するところが現れる。
それが身体の中心であり、骨盤周りである。古武術で丹田と呼ばれる領域もそこに存在する。

この身体の中心は、上半身と下半身のバランスによって生まれるのであるから、自ずと全身は一体となる。
「身体の中心を移動させる」という概念はこの意識によって修練しやすくなる、というのが現在われわれ東京稽古会が採用している思考法だ。

腰で動く、中心で動くということは自然体による体捌きの核心でもある。
決して一朝一夕に成ることではないが、さりとて鍛錬を始めなければたどり着かない境地でもある。
倦まず稽古を続けていきたい。
其の三百八十二 痴漢から逃げる 大東流合気柔術 東京稽古会 
【動画を公開しているYouTubeでのチャンネル登録者数が4月末に1万人を超え、現在2万人に迫ろうとする勢いです。
東京稽古会では今後も日本古武術の継承発展を目標に研鑽を続けていきますので変わらず御支援をよろしくお願いいたします】
今回は少し毛色の変わった動画の内容について若干解説を加えたい。
女性や、力の比較的弱い人のための護身術、というようなつもりで作った動画だが、案外古武術の面目をよく表している。

後ろから抱きつかれた場合に、これを手の力で引きはがそうとしても決して逃れられない。
腕を固定して、体全体の力を伝えるように相手に密着し、腰を回す。
こうすることで相手の腕はかなり容易に動く。
そこに出来た隙間から、後ろに抜けていくという設計になっている。

これは大東流合気柔術 二ヶ条後捕の逆小手という形を応用した動きだが、手先の力を使わず、腕を脱力して体幹部分と一体化する操作を抽出すると、簡易的な護身術となる。

さらには、攻撃を受けている相手の身体にくっつくように密着するというところが古武術的であって面白い。

とはいえ、実際にこのような仕儀に陥ってしまった場合、修練を積んでいない女性などはまず精神的に平常ではいられないことと思う。その意味でも、武術的な素養や訓練をお勧めしたいというのが、今回の動画の本旨でもある。
稽古日誌 令和4年4月21日、24日本稽古、29日 大東流合気柔術 東京稽古会 
大東流合気柔術 東京稽古会の稽古日誌です。
今回は4月後半の記録です。
まずは4月21日(木)の稽古から。

二ヶ条に手首を取る基本操作を修練しつつ、脱力と手刀で相手の肘を攻める動きへと…。

脱力の考え方で、さらに全身を崩していきます。

この日は通常受けを取っている有段者が欠席でしたが、代わりに手本に立った会員が十分にその役目を果たしました。
最初の演武展示はどういう技が出て出てくるかわからないので非常に難しいものですが、日ごろの修練の成果が現れたと思います。

稽古後に、お世話になっている扶桑教太祠さんから日向夏蜜柑の差し入れをいただき、皆でおいしくいただきました。
いつもありがとうございます。

稽古が終わってからのひと時、会員同士の懇親も楽しみの一つです。

続いて4月24日(日)。この日は4月の本稽古でした。

この日のテーマは「中心の力を使う」。

両手取、片手取、袖捕、正面打と、様々な状況に応じて身体の使い方を学びました。

この日は3人の新入会者を迎えました。
今年に入ってから、感染症の状況が落ち着いたこともあってか入会者が増えています。

日本古武術の継承発展を目指す我が稽古会としては大変喜ばしいことですが、会場のキャパシティなど物理的な制約も出てくるかもしれません。今後の動向を見て本稽古参加については制限をかけることもありますので、ご了承ください。

最後は4月29日(金)、扶桑教太祠 本殿での稽古。

手首を柔らかく使って手刀詰、片手取を腕の反しで崩す基本動作。

これらはどちらも「接点を意識せずに動く」という身体感覚を養成する修練です。

掴まれたところ、せめぎ合っているところを敢えて意識の埒外に追いやって、相手の本体である体幹部分を攻める。
そのためには小手先の力に頼ることなく、全身を一体化させた運用が必要になります。
日々の稽古でどこまで思考を転換することが出来るか。難易度は高いですが、楽しみながら取り組んでいきます。

其の三百八十一 摺足 大東流合気柔術 東京稽古会 
今回からは大東流合気柔術の根幹ともいえる考え方を取り上げる。
それは、「自然体のまま動く」という思考要素だ。

東京稽古会では、毎日の稽古の冒頭に必ず10分程度をかけて基本稽古を行う。
その基本稽古では、最初に自然体を作り、その自然体を維持したまま十数種類の身体操法に取り組む。
自然体の作り方を端的に言うと、重力を最も自然に受ける姿勢となり、身体の力みをとることである。
下半身を脱力することで、重みが自分の真下にかかる状態に入る。

同時に上半身を真上から吊り上げられているような意識で骨盤の上に乗せ、上半身と下半身が丹田を中心に均衡するように立つ。
これで自分の中心軸が地球にかかる重力と一致する感覚を知り、様々な姿勢に身体が変化しても、その感覚を保ったままで動くのだ。

「自然体を維持したまま」と言葉にすれば簡単なことのように聞こえるが、単独での身体操法であっても、厳密にそれを行うのは大変難しい。まして相手をつけたうえでの相対稽古においてはなおさらだ。
大東流に限らず、相手とのやり取りの中で自然体を維持することが本当にできたならば、その術者は達人と呼ばれる領域に達しているだろう。

我々東京稽古会では日々の稽古の中でその訓練に勤しんでいる。
自然体の維持は、古武術修行の大きな目標であると同時に、日常生活の中でいかに生きていくかという問題にも深くかかわっていくテーマなのだが、そのことについてはまた稿を改めて述べてみたい。
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