扶桑会について
指導者: 石塚嘉 【達人・名人・秘伝の師範たち】
稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
入会希望者が参加可能な公開稽古は 10月22日(日)14時30分から16時30分まで開催します。
場所は 明大前 扶桑会館(神道扶桑教太祠 本殿) です。
扶桑会への入会を希望される方は 左のメールフォームよりお問い合わせください。
【関連商品】
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【Twitter】https://twitter.com/aiki_fusoukai
【Instagram】https://www.instagram.com/aiki_kobujutsu/
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稽古日時:日曜14時半~16時半 / 木曜19時~21時
稽古場所:神道扶桑教 世田谷太祠 東京都世田谷区松原1丁目7−20 【道場紹介】
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稽古日誌 令和5年6月14日 18日 22日 大東流合気柔術 扶桑会 
大東流合氣柔術 扶桑会の稽古日誌。今回は6月中旬の稽古内容を記します。
まずは6月14日(木)の修練から。
この日は合気柔術における特徴的な考え方をいくつか取り上げました。

ぶつかったときに脱力を行って動き直す思考法。
接触させずに崩す考え方。

中心に集める。接触点から遠いところを意識して動かす…。

これらは扶桑会に伝わる口伝として、これからも整理、伝承していくつもりです。
幸いにも我々には多くの「技法解説動画」という財産があります。
日常の稽古とともに、それら動画に記録された解説を駆使して古武術の理解を含めていけるところが、わが扶桑会の優位性です。

続いては6月18日(日)。
この日は大阪琢磨会から小林清泰先生をお招きしてご指導をいただきました。

「手解き」をはじめとした基本的な操作法から、総伝技へと展開していきます。
小林先生は琢磨会創始者の久琢磨師から直接の教えを受けておられます。

今回も往年の古武術らしい動きを取り入れて説明していただきました。

たとえば帯刀した相手に対する攻撃の考え方。
あるいは自分が帯刀していると仮想した場合の動き方など。
普段指導にあたっている私にとっても、大変有意義な時間でした。

今後も機会を捉えてご教授いただきたいと考えています。

最後は6月22日(木)。
この日は夏至の翌日、一年のうちでもっとも昼間が長い時期です。
同じように過ぎ去っていく毎日の中、想像もつかないほど巨大な地球は絶え間なく動き続け、その姿勢を変化させ続けています。

私たちの体の内部においても、想像もつかないほど微小なレベルで何千億という細胞が日々その生成消滅を繰り返しています。
深く意識を向けなければ感知できないようなレベルで、私たちの生きる世界はダイナミックに動き続けている。
古武術を志す私たちが目指すべきは、そうした奥深い世界の摂理を身体と精神に感じながら生きていくことではないか。
それが日々の稽古の真の目的である、というようなことを稽古前に話させていただきました。

いつもの基本の形を修練した後、小手返、後捕などに取り組みました。
見過ごしてしまいがちな身体感覚に注意深く耳を傾けるような、そんな修練になったように思います。

清々しい神前で稽古させていただいているという幸せが、そういう意識を育ててくれているのかもしれません。
大いなる存在のもとに生かしていただいているという感謝を忘れずに進んでいきたいものです。

其の四百四十 刃に乗せる 大東流合気柔術 扶桑会 
扶桑会で稽古している会員さんの中には、大東流合氣柔術の「合気上げ」に興味を持って入会された人も何人かおられる。
稽古が始まる前の空き時間ともなると、相手を見つけては思い思いに「合気上げ」の自主練習に取り組む姿が日常の風景となっている。
また、YouTube動画の視聴回数も「合気上げ」関連のものには比較的多く集まり、一般の武術愛好者にとっても関心の高い操作法であることがうかがえる。

では、どこがその関心の源なのかというと、やはり力いっぱい両腕を押さえられているにもかかわらず、あたかも自動機械のように難なく相手の身体を持ち上げているように見える、外見上の不思議さにあるように思う。
じつはこの「持ち上げる」という考え方に陥穽が潜んでいるのだが、その辺りを含めて今回は「合気上げ」について解説を加えてみたい。
さて、動画の中ではこのところ連続して取り上げている「摺り上げ」の技法を使って、相手の身体を斬り上げるように手刀を操作すことによって力を伝えている様子をお見せした。
「身体を斬り上げる」といっても、それは仮想的なものであり、手首を掴まれているのだから実際には相手との接点にしか力は伝達しないはずだと思われる向きもあるだろう。

しかし、受け手の実感としてはそうではない。
相手の手首をつかんだ手はなぜか離すことができず、四指を通じてまさにわき腹から背中にかけて大きな力を感じ、硬直してしまう。
実際に「見えない刃」によって体の内部を斬り上げられているような感覚があるのだ。

術をかけている方の意識としては、手刀の小指から尺骨にかけての部位に若干張りを作るほどの気持ちで、肩から先は脱力している。筋力の動きとしては肩甲骨から腰にかけての部位から発している程度であり、むしろ相手を持ち上げるというよりは、自分の腰の上に相手を乗せるように、全身を操作している。
手刀を摺り上げる動きに従って、相手の重心がこちらに近づいてくるように、引き寄せるような感覚で行うのだ。
決して腕の力で「上げよう」とするのではないことを強調しておきたい。
とはいえ、これを行うには現代人的な身体意識から、古武術的思考法への認識の変革が必要となる。

今回は「摺り上げ」を使った手法を紹介したが、合気上げ技法にはこのほかにも様々なアプローチが可能である。
だがそのいずれも、上に述べたとおりの「認識の変革」なくしては成功しない。
深く確実に、古武術的世界の感覚をつかみ取っていただきたい。
其の四百三十九 斬り込む 大東流合気柔術 扶桑会 
今回は手刀のちょっとした使い方が、力の伝達に大きく作用するという操作を、実例を挙げて解説してみたい。
これも前回同様、大東流合気柔術の根幹たる「剣の理合」の思考法に基づく動きである。

相手の攻撃は諸手捕。両手で前腕部をつかみ押さえ込んでくる。
一本の腕に対して、両手で押さえられるわけであるから、真正直にそれを腕力で跳ね返そうとするのは良い考えではない。
今回の操作では、自分の身体に近い方を押さえている相手の腕、すなわち「上手(うわて)」ということになるが、その上手を封じることで相手を無力化する。
先ずは相手の上手側に体の中心をずらす。この時につかまれている腕の力は抜いていること。ここで力をぶつけてはいけない。
そして前回やった「摺り上げ」の技法で手刀を斬り上げる。
小指(刃)側を意識して全身の力を出すことが肝心だ。

「摺り上げ」が奏功して、うまく相手の身体が動いたら、こちらはさらに相手の中心に向けて手刀を伸ばしていく。
腕を使って「押し込む」のではなく、手刀の刃の方を使って相手に「斬り込む」のだ。
感覚的に言うと、上から押さえつけてはいけない。
前腕の尺骨から小指にかけての線を意識して、相手を乗せていくようなイメージだ。
この辺りの操作は「摺り上げ」にも通じる。
「剣の理合」に基づく思考法であるから、感覚が共通していることも当然ではあるが。

このとき相手は、掴みに行っている両手首のために体を持ち上げられている状態になっているが、この手刀を伸ばす操作によって、今度は両腕の前腕部が絡み付けられるようになってしまう。
まさに「自縄自縛に陥る」かたちである。

実際に体感すると、この「斬り込み」によって受ける威力は相当なものであり、わずかな動きのように見えるが大きな効果を発揮できる。
非常に興味深い操作法である。ぜひ研究に臨んでいただきたい。
稽古日誌 令和5年6月4日 8日 11日 大東流合氣柔術扶桑会 
大東流合気柔術扶桑会の稽古日誌、今回は6月初旬から中旬にかけての内容を記録していきます。
先ずは6月4日(日)、扶桑教世田谷太祠 本殿での稽古です。

手刀を使った操作を中心に修練。
手先の力で動かしがちですが、全身一体となって手刀から力を発揮しなければ相手は動いてくれません。
さらに突き詰めていくならば、相手との接点を全身でとらえる感覚が重要になってきます。

またこの日は「ゆっくり、丁寧に、正確に」動くことも併せて意識して取り組みました。
一つ一つ、崩しが効いているか。早い動きでごまかしていないか。

技全体として大きな動きに見えても、それらは細部の正確な操作の積み重ねで実現していくものです。
毎回の稽古で、忘れがちなところを再確認していきたいと思います。

続いては6月8日(木)、世田谷総合運動場体育館での稽古。
相手の攻撃を重心移動で崩す動きから修練を始めました。

最初はどうしても腕の力で引っ張り込んだり、持ち上げようとしてみたり・・・。なかなかうまくいかないのは接点を何とかしようとこだわっているからです。
いつも言う言葉ですが、「帯の上ではなく、帯の下を使う」ことが大事です。

つまり、上半身の力を使うかわりに、下半身を動かすべし、という口伝です。
「技は足でかける」という別の口伝もありますが、言っていることは同じです。

自分の身体を適切なところに置き、地球の重力を自然に受けられる姿勢で物事にあたる。
「重心を使う」という古武術の思考法は日常にも十分に活用できます。

最後は6月11日(日)。雨が降って少し蒸し暑い午後でした。
水分補給をしっかり行いながら、横面打ち、肩取りへの対処法を修練。

肩取りで前から攻撃を受けた場合と後ろからつかまれた場合では、技そのものに大きな違いがなくても、初動の意識が異なります。
ただ技の手順を追っているだけでは見えにくい部分にも、しっかりと焦点を当てることが必要です。

横面打ちも同様。
相手を乗せるのか、間合いを作って引き込むのか、すれ違って力をいなすのか・・・。
対応する意識に目を向けながら修練します。

身体にも、頭脳にも。たくさん汗をかきながら梅雨時の修練を続けていきましょう!

其の四百三十八 摺り上げる 大東流合氣柔術 扶桑会 
大東流合気柔術は「剣の理合」に基づいているということを、これまでに何度か言及してきた。
今回取り上げるこの「摺り上げる」という動きは、まさにその「剣の理合」の真骨頂ともいえる考え方に則っている。

体感してもらえれば簡単に納得できるのだが、この「摺り上げ」の操作を会得すると驚くほど軽く相手の体を動かすことができる。
ちょっとしたコツをつかむだけで、さほど難しい動きを必要とするわけではない。
すなわち、「肘関節を曲げずに」「刀を上段に振りかぶるような意識で」手刀を動かすのだ。
映像を見てもらえればわかることだが、ここでは柔らかく指を張って手刀を活かしている。
肩から先は脱力しているが、腕を剣と見立てるわけであるから、小指側(刃の方)には氣が充満していなくてはならない。

ここでついに「氣」という言葉を使ってしまったわけであるが、これは「エネルギー」であったり「力」であったり、翻訳のためにはかなり様々な概念を援用する必要があり、さらに時によってはそれらが複数の意味を同時に表すことになる。
これまで慎重にこの「氣」という言葉を使わずに説明してきたのであるが、やはり「剣の理合い」を表現するためにはこの言葉がしっくりくる。

つまり、腕を剣に見立てるのであるから、実際にはそうではないモノを別のモノに見立てる意識が必要になる。
その「意識」そのものを含めて「氣」なのである。

今後折に触れて、この「氣」の概念については解説を加えていこうと考えている。
もちろん、これが正解ということではない。私自身の研鑽によって、より深く、本質的になっていく余地を含めた理解であることをご承知おきいただきたい。
稽古日誌 令和5年5月25日、28日、6月1日 大東流合気柔術 扶桑会 
大東流合気柔術 扶桑会の稽古日誌。今回は5月下旬から6月初旬にかけての内容です。
5月25日(木)の稽古では、初伝一カ条立合の形を中心に修練。

何度も繰り返し鍛錬してきた動きですが、練度が上がるほど自分の頭に思い描くイメージと実際に操作する体の動きとの間にギャップが生まれてきます。
そこにもどかしさを感じてしまいますが、一方ではそれだけ武術の思考法が身についているということでもあります。

最近稽古の中で私が会員の皆さんに繰り返し伝えている言葉があります。
それは、「『難しいことが有る』ということは『有難い』こと」。
頭で理解はしてもなかなか実行できないことを克服しようと努力する、それこそが感謝すべき成長の機会だ、という意味です。

古武術の修練を通じて、そうした成長の機会に日々向き合えているのは、本当にありがたいことです。

5月28日(日)は、3人の昇級審査を行いました。
5級審査は一本捕、逆腕捕をそれぞれ左右、居捕と立合で行います。
扶桑会では昇級を目指す人が最初に挑戦するのがこの5級です。
全部で8本の演武ですが、衆目のなか古武術の所作に則って技を披露するのは、相当の緊張感です。
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続いて3級審査。こちらは初伝一カ条の居捕・立合をすべて行う、計21本。
4級から一挙に形の数も増え、難易度も上がります。
初段(黒帯)にたどり着くまでの、大きな関門と言えます。

積み上げた修練の成果を見せて、無事に全員が認定を受けました。
3人とも大東流を始めたばかりの頃に比べると、見違えるほどの成長が示されました。
会全体にとっても、良い刺激になったことと思います。

技術向上と、古武術的な思考法の理解を車の両輪として、扶桑会は活動しています。
昇級審査はその一つの指標です。

昇級昇段を目指しながら、審査に取り組む過程で自分自身の稽古への取り組み方を再発見していく効用もあります。

たゆまずに毎回の稽古を積み重ねていくこと。
継続こそが、力です。

最後は6月1日(木)、世田谷総合運動公園 体育館での稽古。

この日は同じ攻撃に対して、一カ条、二カ条それぞれの考え方で対応していく形で修練しました。

中心を攻める、間合いを空けるといった初動の違いはありますが、相手と結んだ接点を小手先の力ではなく身体全体の連動で操作していくところは共通です。

見慣れない動きや手首関節の取り方に戸惑いもありながら、新鮮な気持ちで新しい形に取り組みます。

出来る、出来ないにあまりこだわり過ぎることなく、大東流合気柔術の本質探求を楽しむような稽古を目指していこうと考えています。

其の四百三十七 腰で絡める 大東流合気柔術 扶桑会 
3月の本稽古では、「掴まれたところをそのまま維持する」技法を取り上げた。
つまり相手に「攻撃できている」と感じさせた状態で力を伝えていく思考法である。
今回はその最後となる操作法となる。
動きに名前を付けるならば「両手取り三カ条小手詰」とでもなろうか。

私たち扶桑会が取り組む大東流合氣柔術は、大東流中興の祖、武田惣角先生および植芝守高(盛平)先生が久琢磨師に与えた、柔術技法を基盤にした技術の体系である。
大阪琢磨会には「総伝」として数百もの技が伝わっている。
一般に後年、武田時宗師によって編纂された「初伝技」には明確な技の名前が付けられているが、「総伝」はそうした呼称はなく、所収の巻数と条文の順序だけが記されている素っ気ないものだ。
技にわかり易い名前を冠すれば表面的な理解には役立つが、その奥に含まれている本質が隠されてしまうこともある。
技を覚えて理合に到らず、ということになりかねないのだ。
その意味で、ある種無味乾燥な「総伝」の呼称にも合理性がある。

さて、長々と前置きを書いてしまったが本題の「両手取り三カ条小手詰」である。
この動きの本質とは何かというと、腕の力を使わずに相手の身体を極め上げていくところにある。
決して「三カ条に小手を詰める」ことではなく、掴まれた瞬間、その初動の中にもっとも重要な理合が含まれる。
すなわち、「腰で絡める」ことだ。

相手に手首をつかまれたとき、手刀を開いて親指を張る。
手刀の峰を相手の掌底の小指側にからみつけるようにして、縦に斬り上げる。
この時、腰を外から内に旋回させることで、相手に全身の力を伝えるところに極意がある。
この動きが効果的に使えるようになると、相手は抗いようのない大きな力を感じ、こちらの手刀にからめとられるように無力化されてしまう。
これが「腰を絡める」操作である。

「掴ませたまま」「絡めつける」といった概念は、いわゆる「合気」に通じるものだと、私自身は考えている。
「合気」については今後積極的に考察を行っていきたい。
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